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物語の物語 創作者の闇(目あきマスク)

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 こんにちは。あんぷらぐど(荒縄工房)です。驚いたことに、5月半ばからのご無沙汰です。「コラム書けない病」がこれほど長引くとはおもいませんでした。ということで、今回は病み上がり(?)の弁明「創作者の闇」について考えてみます。

 物語を語る者は、物語と自分との距離感を常に一定に維持していることが平安のためには大切です。これはたとえば役者さんが役に入り込むとき、そして公演が終わってそこから抜けるときの技術に似ているでしょう。
 入ったり抜けたり、いわば憑依したり脱けたりといった行為は、ある意味の「魔法」が必要です。
 人によっては酒を飲み、人によっては旅に出て、人によっては寝て起きればOKということもあるでしょう。
 ただ、この距離感はあるとき蜜月を終えるのです。それは「業」とも呼べるある意味の「欲」であり「誘惑」であり「使命」によって起きるのです。
 物語で考えれば「もっとおもしろい話」と求める気持ち、「これまでにない話」を求める気持ち、または外部からのそうした期待や要請によって、「これまでの距離感ではダメだ」となる時が来るのです。
 または、井戸に喩えればこれまでは5メートルのところに水面があったのに、いつしか水を汲むペースが速すぎて6メートル、7メートルと深くなっていくようなものです。
 いままでとは違う距離感で水(物語)を汲み取る必要が出て来たとき、それなりの時間と労力がかかります。いわば負荷です。
 こうしたことが人を成長させることもあれば、平安を壊してしまうこともあります。
 物語にのめり込むとき、語り手はふとどこまで深く入ってしまったかを見失い、日常から遠くへ行ってしまっていることにも気づきません。
 このため日常のある部分が壊れます。または心の一部が壊れたり再構築されたりします。人生が変わってしまう人もいるかもしれません。
 それは必ずしも恐怖や痛みを伴わない行為なので(むしろ喜びだったりします)、物語に取り憑かれていくことを止めることはできません。
 どこで気づくかは、人によって違います。物語に関していえば、間違いなく読書体験の量と質によってこの気づきは得られます。過去の体験でも問題ありません。物語の世界は、物語によって解決するしかないので(そうしないと心が取り戻せない恐れがあります)、ほかのどんな体験でも解決はしないのです。
 ムリに引き離すと、心は物語に入り込んだまま、肉体は現実に戻ることになり、とても危険な状態になり得ます。必ずではないですが(個人差が大きいです)。
 私がしばらくコラムを書けなかったのは、物語世界に完全に入り込み、そこでしか物を考えることができなかったからで、いわば創作脳(このほか日常生活用の脳もあるわけですが)がどっぷりそこに漬かってしまったと考えられます。
 物語を書いている自分を客観視できません。日常生活はできます。もっと酷くなると日常生活もできなくなる人がいます。
 コラムはいわば現実を見る目です。その目が物語を考えて創作している自分をまったく捉えることができない。日常は見えますが、それを書いてもつまらないので書きません。
 というわけで、私の中ではそんなことが起きていたのではないかと、いまの段階ではこうして書くことができるのです。ただ、その中に入っていたときには、そんなことさえわからないのです。
 幸いにも日常生活が困難になるほどではなかったので、こうして戻ることもできていますし、潜在的には「戻りたい」という意志があったと思います。現実に絶望している物語づくりの人は、その退路も断たれているのでより厳しい状況に陥る可能性があります。
 物語についての危険性はすでに何度かここで書いているとは思います。気軽に小説を書くとか、詩を書くといったことは、趣味の範囲を越えない程度にはいいですが、のめり込んだときにこうした危険性が間違いなく高まっていくのです。
 私は自分で創作しそれを編集して刊行するので、どこかで創作者から編集者へ視点が切り替わっていたはずなのに、ホントに長い期間ダメでした。
 今回けっこう深く入った部分もあって、それが今後の作風にも変化を与えることは間違いのないところでしょう。次に、もっと深いところに行ってしまうのか。それとも、二度とそこまで到達することはないのか。それはわかりません。
 より高い頂きを目指して死ぬまで登り続けるクライマーがいるように、物語の世界でも退路を断ってまでのめり込みたい誘惑は常にあると思っていいでしょう。
 体力ある限り、書きたいと思ってきた私ですが、これはもはや体力の問題ではなくなってしまいますね。
 もっとも、ここでは物語のことでしか話をしていませんが、こうした「戻れなくなるほどのめり込む」ことは、恋愛、性愛、欲望などさまざまな分野で起こることだと思います。人間は、なにかにのめり込み、そのままはまり込んでいきたい、という願望があるのかもしれません。
 それが多くの人にとって喜ばしいのめり込みであればいいのですが……。
 最後に、この症状はあくまで物語を創作する者に生じることで、物語を読んだり楽しんだりするみなさまに伝染することはありませんので、ご安心ください。

(協力:エピキュリアン 目あきマスク アマデウス


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★M穴地獄―デッドライン―★
 

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自虐の虜となった女子校生が自分の肉体破壊に突き進んでいく。物語はデッドライン(引き返すことのできないところ)に向かって、エンディングと発端から交互に描かれる。結末はわかっているのに、読み進めるしかない破壊的な磁力を発する作品。



★玩具にしてください! 変態女子校生・菜津希★
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陸上部の女子・菜津希はそのことが頭から離れない。練習中に公園の隅に暮らす汚れた人たちを見たときから、肉体をその人たちに汚してほしいと願うようになる。それはやがて理解者であり脅迫者でもある人物を得て輪姦願望へとエスカレートしていく。鍛えた若き体を汚辱する快楽。

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今日のSMシーン
あやみ旬果を、飼いならす。 3
あやみ旬果を、飼いならす。 3


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物語の物語 道化の重要性

 こんにちは。あんぷらぐど(荒縄工房)です。GWも終わり5月も半ばとなりました。初夏ですね。暑すぎる日もあったりしつつ、梅雨らしい天気もあったり。外で過ごすにはいい時期ですね。

 物語には、道化役が不可欠です。道化とは、「戯ける(おどける)」から転じてオドケ→ドケ→ドウケとなったとの説があります。戯けている人です。
 道化は、トランプでいえば「ジョーカー」です。バットマンのシリーズでは、ジョーカーは重要な悪役です。またサーカスでは道化といえばピエロです。ピエロもまたホラーの世界では怖ろしい存在だったりもします。
 道化の利点は、「無私」にあります。自分のことは横に置いて、とにかく他者に向かって働きかけることに徹します。悲しんでいる人を慰めるステキな行動をする一方、怒っている人を揶揄してさらに怒らせもします。周囲の人たちは立場や損得で言えないようなことをズバッと言ったりもします。
 人の心に訴えることが第一で、自分のことは後回しになっているのです。戦場にも緊張をほぐすための道化は必要ですが、道化はどんなにがんばっても勲章は貰えません。哀れまれたりバカにされることはあっても、です。
 その状態にいられる人物でなければ、道化にはなれないわけです。
 道化は、周囲の人たちの感情に踏み込んで「あなたはいまこんな状態」と知らしめる。さらに具体的な行動へ向かわせるきっかけを作ります。心理的な鏡なのです。
 西洋では妖精の存在が信じられていたり、日本でも妖怪の存在が信じられていたりしますが、人々は「どうしてこんなことをしたのかわからない」と思うような行動に出ることがあります。恋愛はその典型ですし、それ以外にも犯罪行為、悪事、または善行、人助けも同様です。
 あまりにも振れ幅の大きい、想像のつかない行動のきっかけとして、妖精や妖怪を利用することがあるように、芝居などでは道化役によって物語が展開していきます。なんでも妖精のせいにしてもいいのですが、リアリティを求める作品には馴染みません。道化はそのときに活躍してくれます。
 観客(読み手)にとって、道化は無視していい存在です。中身は空っぽで、その人物像ははっきり言ってさして興味はない。取るに足らない人物だからこそ、その言動は周囲を振り回す力を持つのです。
 物語をおもしろくしてくれるのは、妖精や妖怪のようにパワーのある道化です。パワーはあるけど、取るに足りない存在。そういう人物を上手に配置することで、行き詰まった物語はいっきに展開します。
 小説では、明確な道化役を設ける以外に、その場面ごとに一時的に道化役になってもらう手法も多く取られています。道化役を設定すると読者は「こいつが動くとなにかが起きるぞ」と予見させますが、登場人物の誰かがその時だけ道化になる場合は予見が難しい。
 物語は予見させてワクワクを提供する方がいい場合もあれば、予見させないサプライズを重視する場合もあるので、目的に応じて道化役を使い分けるのです。
 ただし、道化役は中身がないこと、または無私であることが重要ですので、主要な人物が突然、道化になると読者は戸惑い、理解できなくなることもあります。むしろ、主人公の親とか、最初から登場しておきながら「立場」のみで行動していた人物(社長、取引先、先生……)などに道化をやってもらう方が自然です。
 中身のない人物の利点は、読者が「どうして?」とか「なぜ?」と思わないからです。物語の本流を意識して欲しいからこそ、読者がスルーできる人物に道化をしてもらうわけです。
 この点で、中身のある人物(主要な登場人物)に、場面に応じて道化をしてもらう場合には伏線を張っておくべきかもしれません。
 とはいえ「父親」とか「社長」のように突然なにかを言い出しても「しょうがない」存在のときは、それを大いに利用すべきですね。
 道化が物語を動かすとき、大げさな事件にするだけではなく、さりげなく背中を押すやり方もあるので、読者が誰が道化か気づかないままに物語を進めていくこともできます。これは書き手(語り手)だけが意識していればいいことで、読者(聞き手)には意識されなくても構いません。
 たとえば主人公が恋人を病室に見舞いに行ったとき、そこに居合わせた恋人の親兄弟とか友人、または医師、看護師などに道化役をしてもらうのです。
 物語を動かす力を発揮するのに、主要な人物ではない、という点に工夫のしがいがあります。たとえば将軍が思いつきで命令を発し、主人公である家臣たちが苦労する話。将軍が道化です。この結果、最後に家臣たちを褒める役も将軍だったりします。物語は、読者と一緒に喜びや悲しみを分かち合う人物を配置することも大切ですので、道化役に兼ねてもらうと便利ですし登場人物を圧縮できます。
 物語では、登場人物をやたら増やすと、誰が誰だかわかりにくくなっていく傾向があるため、役割ごとに人物を作ってしまうのではなく、複数の役割を同じ人物に持たせる方がよく、その役割分担しだいでは、より感動が深くなることも多いのです。
 難問を提示するのも将軍なら、主人公たちの行動を認めて謝罪したり、褒賞するのも将軍です。さらに主人公たちを窮地から救う役も持たせることができますし、うまく行きかけていた主人公たちをどん底に突き落とす役もできます。
 それでいて、読者にとってはあくまでも脇役または泡沫の存在であることが、道化にとっては動きやすく機能を発揮しやすいのです。


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★『先輩はマゾビッチ』★
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アイドルのようにかわいい佐波幸菜をマゾビッチにしていく「ぼく」。サークルの仲間たちとザーメン漬けにして妹の美少女菜々子を呼び出して、調教はいよいよ本格化。さらにミスサークルに出場させることになり……。


★『自虐姉』★
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姉のミサは自虐癖が強く、恥ずかしいことや痛いことが大好き。心配しながらもそんなミサを欲望のままに使い倒す弟。念願の2人暮らしはやり放題の危ない日々に。やがてアパートの住人たちを巻き込んでいきます。


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今日のSMシーン
縄・超淫獣覚醒 希咲エマ
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物語の物語 傍観者の視点

 こんにちは。あんぷらぐど(荒縄工房)です3月となりました。春ですねえ。梅は満開。桜も種類によってはすでに観賞されているようです。ちょっと出歩きたくなりますね。

 さて、桜を見る視点を考えたとき、主役は桜です。では桜視点で語ることは可能でしょうか。たとえば、大草原にぽつんと残っている大きな桜の古木があったとして、その物語を桜の目を通して描くことは可能か、ということです。
 もちろん、やってやれなくはない。ですが、もしかしたら物語の意図としては、傍観者による視点で描いたほうがいいかもしれません。どうしてそう思うのか。
 それは、私たちは桜の鑑賞者に感情を移入することはできても、桜そのもに感情を移入するのはなかなか難しいかもしれないからです。やってやれなくはないけども、それは詩のような抽象的な作品や、絵本であるとか、アニメならあり得るかもしれないと思いつつ、自分で書いたり語る物語としてはしんどそうだな、と思います。
 そして、桜は動かないので、書きはじめたらすぐに行き詰まりそうだな、とも思うのです。
 歴史小説でも、もっとも活躍した人ではなく、それを見守る人の視点で描くことが多いのはこれとほぼ同じ理由があります。歴史上の人物は自由に動かせません。史実として、何月何日はどこでなにをしていたのか、証拠がある場合が多く、勝手に動かせないのです。

 つまり、桜の古木と同様、視点をそこに持っていくと物語が広がらない可能性が出てきて、書き手として不満が生じやすい。
 また、私たち自身もそうですが、自分が自分のことを一番よくわかっているつもりでも、実は傍らにいる人のほうがずっとよく本質を見抜いていることがあるものです。
「あのとき、大変だったよね」と自分で振り返ると、家人から「え、楽しそうだったよ。それよりも、このときのほうが大変だったんじゃないのかな」と指摘されたりもします。
 これは人間の本質で、本当にキツイ思い出はなかなか振り返りたくない気持ちが強く、脳はそれよりはずっと楽しい事件を先に思い出す傾向があるからです。どんな大変なことでも「しくじり先生」ではありませんが、笑い話として人に話をしておいたほうがいいのはこのためです。心の底に押し込んでしまったキツイ話とは、なかなかまともに向き合えないものです。
 このため、傍観者の視点から物語を語る有効性は、古くから示されている通りです。以前にも物語が行き詰まって進まなくなる原因として、語り手または視点を間違えているケースについて触れていたはずですが……。

 たとえば坂本龍馬の物語を書くときに「わたしは」と龍馬になりきって私小説風に描くことの困難さは想像がつくことと思います。むしろ彼を慕っている無名(または架空)の人物を脇に配置して、その視点から描いたほうがいいだろうな、と。
 この利点は、描くべき当人(桜の古木)がなにを考えているのか、どう感じているのかを傍観者として読者といっしょに推し量ることができる点でしょう。このほうがむしろわかりやすい。龍馬の件でも同様です。そのとき龍馬はどう感じたのか。それをいちいち推し量る苦労を考えたとき、また、うまく著者として同化できなかったとき、物語は失敗していく可能性が高くなっていくのです。
 だったら最初からその人物に成りきるのをやめておく方がいいかもしれません。
 また、パロディ化してしまう可能性も考慮しておきたいところです。なにしろ桜の古木や龍馬の本心など、誰にもわからないのですし、それを読者も百も承知なので、著者がどれだけ苦労してそこに到達したとしても完全には信じ切れないでしょう。名探偵ホームズのオマージュ作品であるとか、有名なマンガのキャラを利用した作品などではそれが可能なのは、ある意味の「遊び」であることを読者も認めているからであって、パロディ性があるからです。
 ある朝、目覚めたら、死んだと思っていた自分がある時代に甦っていた、異世界の王になっていた、といった転生もので、一人称が多いのはこれと正反対の理由からだと思います。転生した主人公には著者も読者も感情移入できるけども、転生先の住人には感情移入が難しいからです。
 とはいえ、やってやれなくはないので、傍観者視点による転生してきたヤツの話、というのもあってもいいとは思いますが。

 このように視点をズラして、どこから描くのが一番いいかを考えるのも物語を生み出すときのおもしろさでもあると思います。
 やりすぎるとシュールになっていく可能性もあるので注意が必要ですけれども、物語によってはそのシュールさが必要な場合もあるかもしれません。たとえば桜の古木視点で描く理由がある場合。ソメイヨシノは六十年ぐらいが寿命という説もあるようですが、種類によっては数百年の寿命があるようなので、歴史的におもしろい場所にあるなら、桜に語らせてもいいかもしれません。国盗り物語の渦中に位置しているとか……。
 ただ、この場合、お気づきのように桜を主人公としていますが、この桜はその地で起きた事象の傍観者となるわけです。
『アバター』という映画は、元兵士が主人公です。彼の視点で物語は展開されます。この男はヒーローなので、その視点でこの物語は描かれているのは自然なのですが、同時に彼は舞台となるパンドラの傍観者でもある。なにもかも彼が巻き起こすわけではなく、彼のポジションは最初から事態の途中から入り込んだ傍観者なのです。
 すべてを知っている人間としては、むしろシガニー・ウィーバー演じる博士こそ当事者でしょうし、強烈な悪役となっているクオリッチこそすべてを掌握しているとも言えるのですが、こうした人物の視点で語るのはとても難しいことはおわかりでしょう。博士の心情と行動パターンはおそらく退屈ですし、悪役は魅力的ですが強烈に矛盾した心情は、むしろ知らないでおいたほうがいいわけで、この男がどうしてこんな風になってしまったのかは外側から推し量るほうがいい。

 とはいえ、小説として考えたときには、映画の主人公よりもクオリッチをメインにしたほうがおもしろいかもしれません。これは『羊たちの沈黙』をレクター視点で考えることと同様に、興味深いチャレンジになると思います。
 それでもなお、クオリッチやレクターを主人公としてその目を通して物語を描くときには、なにかしら彼らの外で起きる出来事の傍観者になるしかないだろうとも思います。そしてさきほど指摘したように、パロディになってしまう可能性をどう回避するかは、かなりの技量を要することになりそうです。
 なお、パロディで企画するならまったく問題はありません。私はパロディを軽視しているのではなく、物語はなにかしら元ネタのパロディであることを考えるとむしろパロディこそ創造の根源だと思っています。ただ、オリジナリティを前面に出すには、元ネタを丁寧に隠蔽しなければなりませんので、その点でパロディではない方へと創造の意識を向けたほうがいいだろうな、とは思います。
 オリジナリティを高めるためには、可能な限り元ネタを上手に隠すことです。元ネタの知名度を自分の作品に利用しないこと。そこがとても重要になってきます。


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★被虐の街★

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人妻・杏奈は小遣い稼ぎのビジネスに失敗、借金が返済できず自らの肉体をオークションにかけ、4人から出資してもらい返済する。その代償として8日間、彼らのいいなりとなる。徹底した被虐調教に杏奈は身も心も闇の世界へと沈んでいく。



★M妻佳乃の崩壊★


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女性が自ら語る被虐体験。それは盗撮からはじまり、契約によってあらゆる行為を強いられていく。夫と別居をはじめた元ミス・キャンパスの佳乃は、夫との軽いSMプレイから、被虐に目覚めていた。その思いから、見知らぬ男の誘いを受け、暴力と残虐の世界に踏み込んでいく。人妻が暴力と残虐の世界をさまよう。



★家畜妻の歌★
家畜妻

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新婚の若妻が夫と取り交わした家畜妻契約。古びたアパートの一室で7人の飼育員によって日々、調教されマゾの悦びにどっぷりと漬かっていく。調教を受ける若妻の視点で描く。


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完全拘束 激イキ・クラッシュ 星川麻紀
完全拘束 激イキ・クラッシュ 星川麻紀



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物語の物語 孤独であること

 こんにちは。あんぷらぐど(荒縄工房)です。2月です。早いですね。寒い寒いと言いながらもそろそろ春を感じるし、体もちょっと春モードになっていくのではないかと思います。花粉症とか……。

 物語は不思議なもので、孤独の中で生まれ、不特定多数の中で育ち、そしてまた個々の心の中に収まっていきます。
 ちょうど花が咲いて、多くの人に観賞され、多くの虫たちに媒介してもらい種となり、その種がまた風や鳥や獣を媒介して散っていくようなサイクルが、物語にもあります。
 小説投稿サイトが賑やかですね。そこでは読みに来てくれる人たちがいて、レビューや提案をしてくれる人たちもいます。そういう作家さんたちの多くはレビューがつくことをとても喜んでいます。
 結果的にそれは孤独であることの裏腹な気持ちと言えなくもないですよね。レビューしていただくと、高揚もありますが、だからといってそこから物語が進むという保証もありません。
 物語の発生時は、集団による活動はとても困難です。創造は孤独なのです。複数で小説を書く人たちが存在していることは知られていますけれども、とても珍しい。それは、うかつに集団による創造を試みると、ただ深い傷のみ負う結果になりやすいからです。
 草原にただ一輪、花を咲かせてみるように、物語は孤独に育っていきます。ほかの方法もあるかもしれませんが、基本的には孤独こそが最善の道のようです。
 受精した卵子は母体さえも自覚しない間に決定的な創造の過程を歩んでいます。
 もちろん、孤独だからといって情報を遮断しているわけではありません。情報によって物語は大きく変化します。その過程を見守り、どちらに向かって成長させるかは、一人で決断しなければなりません。
 少なくとも多数の参加によって物語を製造していくときでも、最初の物語を完成させるのは参加者個々の中で行われます。こうして生まれた物語を持ち寄って検討し、組み合わせて製造していく方法は、映画やアニメなどですでに完成されています。
 長い物語も短い物語も、こうして最初の種となる物語を生み出さない限り、完成することはありません。
 私のようなタイプは、こうした種を創造したあと発展させて執筆する間、まったくの孤独です。編集者と相談することもなく、書きかけの原稿を読んでもらう人もいません。
 ですが、幸いにも最初に書いた原稿をブログに連載していますので、この段階で不特定多数の方々にご覧いただくことになります。
 執筆しながらの連載形式です。完成させてからブログに掲載しているのではありません。このため、反応によっては、その後の展開を変更することもあります。
 反応はコメントなどでいただくこともありますが、それ以上に、アクセス数の変化を追いながら反省したりもしています。
 こうして連載して完結させたあと、長い放置期間に入ります。すぐ刊行できればいいのですが、連載を絶やさない方針ですので、常に新作を書き続けています。このため完結した作品を読み直し、修正し、加筆する時間が少なくなっていることもあって1年とか2年ぐらい放置されます。
 ですが、この方法を5年ほどやってきて、孤独の中の作業ではあっても、なかなかいいサイクルになっているのではないかと感じています。放置期間の間に別の作品も書いているので、自分の意識も変化しますし、時代も変化していきます。その目で過去の作品をチェックしていくと新たな発見があります。
 こうしてたとえ2年前に書いた原稿でも、刊行時にはその時の視点で書き直されていることになります。物語の再生というか、再構築です。
 以前の作品もいま書いている作品も構想中の作品も、孤独であるからこそ、まるまるすべてが私の中に入り込んでいて、細部まで丁寧に磨き、艶を出すことが可能になります。
 これを複数の人と共同でやることは私にはできません。
 秘密とか権利とかそういう意味ではないのです。個々にみなさんも持っている自分の中のカオスがあります。かっこよく言えば潜在意識とでもいうのでしょうか。自分の中にそんな要素があるとは思わなかった、みたいな部分です。
 物語のキーワードやシチュエーションによって、自分の中のカオスに突き刺さって、どろどろした得体の知れないなにかを引き出していくのです。これがなければ、物語を考える意味などないのではないか、と思うほどです。
 いわば、自分の中のカオスに染まった物語にならなければ、自分の物語ではないからです。もしそうしたものを引き出せていないようなら、もう少し孤独の中で物語を発酵させていかなければならないでしょう。
 私は小学校高学年ぐらいでこうした経験をしたため、以後、作品づくりにのめり込んでいったのですが、成人してからではなかなかこまで到達しない傾向があるようです。
 それは孤独に慣れていないだけではなく、長く社会で生活しているとカオスの部分を固く閉ざしてしまって、簡単にはドロドロが出て来ないからだと思います。自分の中のドロドロを閉じ込めることに長けてしまったのです。それに、きっと成人してからこの現象に出会うと、拒絶反応を起こす人も多いはずです。「自分はこんな人間じゃない」と。
 心の中のドロドロは「自分」であって同時に「自分ではない」のです。人類にそれぞれ備わったものだと私は思います。ただこれに向き合うには孤独な時間がどうしても必要になりますし、そこからドロドロをすくい上げるためには物語特有のキーワードやシチュエーションを発見しなければなりません。
 自転車と同じで、若いときに経験していればブランクがあっても、やっぱり同じようにこのドロドロを引き出すことはできます。私はかなり長い間、仕事に専念していて物語から遠ざかっていましたけれども、簡単に復帰できました(もちろん表現の技術などは別の話です)。
 ぜひ一度、この感覚を味わってみてほしいな、と思うんですが……。


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肛虐のカルテVII 日和香澄
肛虐のカルテVII 日和香澄





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物語の物語 恐れを味方にする

 こんにちは。あんぷらぐど(荒縄工房)です。2017年となりました。早くも1週間が過ぎようという今日この頃。「一年の計」といった言葉もいまは遠くなりました。いまの時代は四半期勝負ですからね。とりあえず3月までがんばろう! 今年もいろんなことが起こりそうですね!

 物語の最大の敵は、語り手である私たちです。私たちは物語を語る。語らなければ(書かなければ)物語は存在しない。
 つまり口を閉ざしたとき、物語は語られなくなる。消滅します。語られない間にも物語は進行しているのですが、自分の中に籠もるだけで外には出ていきません。物語は外に出て行くための言葉が持ついわばメディアです。言葉を言葉として発するだけでは伝播する力が弱いのです。そこで物語という乗り物に乗せて遠くまで届くコンテンツに仕立てることになります。
 ですが、口を閉ざしたとき、物語は世に出ないままで終わります。
 私たちが物語そのものの敵となってしまうわけです。その「語らない」または「語れない」理由の第一は、恐れです。
 いまの時代はとくに、批判や批評といった前向きなものではなく、ただ貶める誹謗中傷が横行しますので、発言にはかなりの注意が必要になります。物語も同じです。
「こんな話をしていいのだろうか」とか「これはマズイかも」と語り手が恐れてしまったときに、物語は語られないままで闇に葬られていくことになります。
 私はこの「マズイかな」とか「ヤバイ」といった感覚はとても重要だと思っています。物語を書くとき、語るとき、この感覚を失ってしまったら、読み手や聞き手とのコミュニケーションができなくなる可能性もあります。一方的にこちらから押しつけるような物語になってしまうでしょう。
 その意味で「恐れ」は、謙虚さであり、世の中や読者に対する畏敬でもあると思います。でも、それは語り手の心を押し潰すこともあり得る。最悪の場合は物語を闇に葬ることにもつながるのです。同時に、この「恐れ」を感じることこそが、物語をよりよくする要素にもなります。
 技術的にはとても表現しにくいので、いかにも抽象的な精神論的なことをいまここでは書いているとは思います。
 さらにわかりにくくなることを覚悟の上で、喩え話を考えてみましょう。
 インタビューの手法です。
「あなたはヤバイ人ですよね?」と質問するのはとてもキツイ。恐い。なぜならそれは自分の意見だから。
 しかし、こう言い換えたらどうでしょう。
「あなたのことを、ヤバイ人だと言っている人たちもいますが、どう思いますか?」
 これはニュースキャスターなどが一般的に行っている質問方法です。言い換えることで、質問者の立ち位置を変えるのです。最初の質問は、相手の正面に対峙している。でも、次の言い換えた質問は、相手の横または斜めの位置にいる。相手の正面にいるのは、「ヤバイと言っている人たち」です。
 相手の出方しだいで、架空の「ヤバイと言っている人たち」側にも行けるし、相手に寄り添うこともできます。
 実際にはそこにはいない人を相手の正面にぶつけることで、相手もイヤな質問ながらも多少は冷静になれる効果もあるしょう。
 物語も技術的に「恐れ」をうまく味方にすることができます。ヤバイと思った部分、マズイと思った部分をどうすればクリアできるのか。そこを考えるのも、物語を創る上でのおもしろさです。著者の立ち位置、語り手の立ち位置、登場人物の立ち位置を入念に考えることから解決策が出てくるはずです。
 反社会的な言動ばかりする主人公の、反社会的な行動を物語としたいのなら、その反社会性をアクション(行動)や登場人物たちによって浮かび上がらせるのです。「この男は反社会的で」などとストレートに語る必要はありません。
 論文なら既存の資料からの引用で対応することもできます。
 これは一例に過ぎません。なにを「マズイ」と感じ、なにを恐れたのかによって、物語そのものを見直して再構成していく必要があります。このときにアイデアが浮かび、物語はよりおもしろくなる可能性が出てきます。
 私たちが「マズイ」「恐い」と感じた部分は、ほぼ読者のみなさんにも共通して感じる部分であり、もしかすると物語の核心部分なのかもしれません。そこを語らなければ、物語が死んでしまうかもしれません。つまり、恐れを抱いた部分には、物語をよりおもしろくする要素が含まれている可能性がある。だったら、どうそれを表現するかを考えて、物語にしていくことは重要なプロセスなのです。。
 この技術は、実は物語の創作だけに役立つものではありません。社会一般、日常の中でも役に立ちます。先ほどのインタビューの例のように、「ヤバイぞ」と思ったとき、どうすればクリアできるのか。自分の立ち位置をどこに置けばいいのか。突風が来るとわかっているときに、どこに身を置けばいいか。まるで、鳥の目からの俯瞰のように、全体を見渡して立体的に状況を考えること。そのシミュレーションとしても役に立ちます。
 私も創作を長年やってきて、将棋や碁のような「スジ」を考える日々の中で、自分の周りの人たちの反応や行動をある程度予測しながら、自分の立ち位置を自由に動かすようになってきました。失敗も多々ありますが、思考方法としては現実に役立つものだと思っています。
 また、あえてストレートに表現する、突風をまともに受ける選択もあります。恐れに正面から立ち向かうことも大切なことです。
 巧拙はあると思いますが、考えて対応したときは反省もできますし、次に生かせます。
 その結果といってはなんですが、人間のリアルな言動や行動は、そのほとんどが創作ほどはおもしろくなく、意外性も乏しいものです。だからといって高を括ると痛い目に遭うわけですけども。
 その点で物語を創ることは、「恐れることなく突き進め」ではダメで、むしろ常に恐れながら、それを解決する表現を考えていくことで達成できるのではないかと思います。
 恐れを感じることを恐れる必要はありません。恐れは味方となるのです。人類はそうやって今日までの歴史を築いてきたはずで、叡智は恐れの中から生まれてくるのです。暗闇を恐れ、夜を恐れ、猛獣を恐れ、病気を恐れ、死を恐れてきた私たち。物語の原点は、この恐れにあるのですから。

☆近況 『被虐の街』はとうとう越年してしまいました。慎重に作業を進めています。一度、校正までして完成させたつもりだった原稿に新たな手を入れることは、これまでも何度かあったのですけれども、書いた当時の自分、校正時の自分といまの自分の整合性をとる問題もあってちょっと時間がかかっちゃうんですよね。すみません。


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★お嬢様はドM 第一部★
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少しドジなお嬢様・丸木戸恵梨香(20歳)がマゾの衝動にかられてじわじわと屈辱的な「ドMのゴキ」となっていきます。ブログ公開版に未発表の2エピソード追加。



★お嬢様はドM 第二部★
お嬢様1

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お嬢様として育てられた恵梨香は、M性に目覚め執事の息子の遠隔調教を受けることに。執事夫妻、代理として屋敷に入り込んだ男、巨根の運転手、そして調教のプロたちから日夜、心身の限界まで責められていく。さらに大学の友人たち、婿候補の子息たちにも……。 未公表部分追加。


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女子校生 引き裂きアナル拷姦 久我かのん
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テーマ : 官能小説
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※2017年11月13日からは下記の予定となっています。

火曜日・水曜日
 お尻をオモチャにしてください
木曜日・金曜日
 君の泣き顔が見たい
土曜日・日曜日
 メロー・マッドネス
月曜日
 妄想絵物語(イラスト・月工仮面さん)
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ペンネーム「あんぷらぐど」
1970年代からのSM小説を読み、書き。「仲ゆうじ」などのペンネームで「SMセレクト」などに小説を書かせていただいておりました。
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