タワマン 1 夫が使った靴ベラを自身の股間に
午前七時。太平洋の向こうからのぼった朝日が、天井を明るく照らし出し、やがて部屋中をキラキラとした祝福の輝きで満たす。
神原ユキは、自分がこのような最高の朝を迎えられることを、スーパーキングサイズのベッドから眺めるのが好きだった。
「起きた?」
十三歳年上の夫、沖田雄大がすでにワイシャツにネクタイ姿で寝室の入り口に立っていた。
「おはようございます」
「うん。今日のスケジュールは?」
「はい」
神原ユキは毛布から抜け出る。二十八歳の肉体を惜しげも無く夫の前に晒す。磨きあげた完璧な肉体は、夫の見込んだ通りの輝きを見せている。それでいて、おそらくこのマンション全戸約700世帯の中で、もっとも淫らな肉体なのだ。
「神山商事の岡重様が午前十一時から午後二時。オフィス竹川の菅井様が午後四時から八時となっております」
なにも見ずにユキは言う。直立不動だ。その姿は、現役時代に夕方のニュース番組内で「今日の話題」コーナーを週1回任されるようになってから突然話題になり、その後、週末のニュースショーで政治など固い話題を読み解くコーナー「どうなってんだ!日本」のアシスタントで多くの人気を得、多くの人たちの心を掴んだクールでチャーミングなキャスターそのものだった。
「岡重さんはかなり激しいらしいぞ」
「はい」
ユキは頬を赤らめたが、背後の朝日で、沖田にはよく見えない。
「菅井さんも初めてだったね」
「はい」
「よろしく頼むよ。失敗は許されないんだ」
「はい。承知いたしました」
すると沖田はクローゼットからズボンを出し、身支度を調えていく。その間もユキは立ち尽くす。沖田は自分のものを誰かに触られることを嫌うときがあり、ユキは命令がない限り、勝手な真似はしない。
「行くぞ。今日はたぶん遅くなる」
「はい」
ロボットのようにユキは返事し、沖田が玄関へ向うとあとをついていく。
靴ベラを使っている夫の姿を眺める。玄関の壁一面を覆う鏡に、全裸のユキと沖田が映し出されている。それを漫然と見ている。
高級ブランドのスーツで身を固めてテレビカメラの前にいたあの頃、これほどのボリュームのある乳房の持ち主だと想像した者はいただろうか。写真週刊誌などに研修時代の写真などが何度も取り上げられ「隠れ巨乳」と噂されたことはあったものの、実際に見た者はいない。
沖田の命令によって、直接見ることのできた者たちだけが、「おお、これがあの」と興奮しながらむしゃぶりつくことを許された。誰もが「想像以上だ」と賛辞を送ったものだ。
靴を履き終えた夫が背を向けると、急いでシューズインクロークの向かいにある間接照明で照らされた台に置かれた火打ち石で、カンカンとお清めをする。火花が素肌に飛び散るピリッとした痛みも、ユキにはちょっとした悦楽なのだが、表情ひとつ変えない。
「いってらっしゃいませ」
土足のエリアまで裸足で降り、その場に膝を折り、額を押しつけるようにして見送る。ガチャリとロックされるまでそうしている。
忘れ物があって戻ってくるかもしれない。
たっぷり十分もそうしていただろうか。
ユキは立ち上がり、夫が使った靴ベラを自身の股間にはさみ、ゆっくりと拭き取るように動かす。
「はあっ」
廊下の防犯カメラを睨む。通勤時、ジャガーの後部座席でその様子をスマホでチェックするのが沖田の楽しみでもあることを知っている。
無毛の鼠径部。その後につくられたイメージをぶち壊すようだが、アナウンサーに採用されたときにはすでに永久脱毛を終えていた。
沖田と知り合ったのは学生時代なのだ。バイト先だった。キャバクラほど派手ではなく、銀座のクラブほどは豪華絢爛ではない。地味なバーだった。四ッ谷界隈でもわかりにくい路地裏にある会員制の店だった。
「沖田さんは怖い人だから気をつけて」と優しいママに忠告されたにもかかわらず、本性とでもいうのだろうか。ユキは沖田に魅せられ、関係を持った。孤独な経営者、沖田雄大は世間ではほとんど知られていないにもかかわらず、縁故者に政治家や実業家が多数いることもあって豊富な人脈によって、独特の揺るぎないポジションを得ていた。
ユキは靴ベラを雑巾でさらに磨き、その雑巾で足の裏を拭うと、バスルームに入る。洗濯機のスイッチを入れ、雑巾を含めて洗濯をはじめる。その音を聞きながら全身を洗う。バスタオルで体を拭くと、それは2回目の洗濯用のカゴに放り込む。全裸のまま、部屋の掃除をはじめた。
東京の放送局に合格できたのは、沖田のおかげだった。沖田がスクールを紹介し、美容関係の費用を持ち、一流の人たちに接する場を与え、「美人女子アナ・神原ユキ」を作り上げたのだ。
それだけ有名にしておきながら、夜11時台月金のニュース番組「ニュースオンタイム」のメインキャスターに抜擢され、それを1年だけ経験させて、人気がピークとなったときにあっさりと結婚引退させてしまった。
「実業家と結婚」と騒がれたのだが、沖田の人脈の広さは、その報道をあっという間に終息させてしまった。偶然、もっと大物の芸能人の結婚が発表されたからだが、もちろん沖田はそれを知って計算して時期を決めていた。
引退結婚の背景にユキのメンタルの問題があるとの噂を流したり、実家の借金問題があると流したのも沖田だ。どちらもまったくのデタラメだが、世間はそれで納得し、忘れていく。
タワーマンション「晴天の丘」の最上階54階。そこが沖田が若妻との新婚生活にふさわしいと選んだ場所だった。そもそも標高の高い土地に立つので、晴れたときの眺めは東京スカイツリー並みだ。
最上階の半分を一室としている。そもそもは四戸だったが、そのうち二戸をつなげてしまったのだ。部屋数は、さきほどユキが寝ていた寝室が一番狭く、ベッドルームだけでゲスト用を含め四部屋。バスルームも二つある。
沖田ほどの金があれば、プロに掃除をさせることもできる。料理はケータリングだが、洗濯や掃除はユキにさせている。
それは沖田のこだわりでもあり、ユキに奴隷としての自覚を常に持たせるための日課でもあった。
時間と金をかけ、ユキを超有名にして商品価値を上げるだけ上げてから、自分のさまざまな欲望の道具に貶めること。それが沖田のそもそも計画だった。その計画にユキは興奮し殉じた。
本来、持ち上げるだけ持ち上げられれば、どんな人間も舞い上がり、我を忘れていく。ユキは沖田にそれを試されたのだ。
女子アナとしてもてはやされる日々さえも、いまの恥ずかしい日々に比べれば、ユキにとっては大した楽しみではなかった。
だから、どれだけ周囲にチヤホヤされても、ユキはクールさを崩すことはなかった。そのため放送局の内部で事情をよく知る人たちからは「鉄仮面」とか「氷の微笑」と呼ばれてもいた。
これほど熱い欲望を日々、たぎらせているというのに……。
「おまえは欲が深い。深すぎる」と沖田に見透かされてから早くも10年になる。
「おまえはきっと自力で女子アナにもなれただろう。高級クラブのママにもなれたに違いない。ひょっとすると高級コールガール組織のボスにだってなれただろう。だが、おまえは、自分の欲望を自分では制御できない。結局はその欲望によって自らを滅ぼすのだ」
その予言はきっと正しい。ユキはそう感じていた。沖田の厳しい躾があってこそ、こうして日々、悦びの中に浸れているのだ。
「おまえが滅びるのは見たくない。もし滅びるとしても、私はその姿をつぶさに見届けたい。だから、私はおまえを束縛する。いいな?」
沖田に10年前に言われたとき、ユキはなんの躊躇いもなく承諾した。
奴隷誓約書。それは、何度も書き換えられている。今回の結婚によっても新たな誓約書に書き換えられた。それは、この部屋のどこかに隠された金庫にしまわれている。
もっともユキはすべてを暗記していたが……。
「おはようございます。よろしくお願いいたします」
午前9時。ケータリングが到着。ゲストのための食事やデザートが用意されていく。シェフたち3人の男性たちによって、手早く冷蔵庫に入れられ、酒などの飲み物も、彼らがすべてチェックして補充していく。会話はほとんどない。ユキは別室に閉じこもり、彼らとは会わない。彼らはユキがどこかにいると知っているがプロとして仕事に徹している。
彼らが帰ると、玄関近くの廊下に、犬用のステンレスの食器が二つ置かれ、一つには水が、一つには茶色いドロッとしたものが入っている。
ユキは黙って廊下に四つん這いになってそれを手を使うことなく、飲み、食べる。顔中を汚しながら。
鏡にその浅ましい姿が映し出される。
この鏡の向こうにもカメラがあり、沖田はいつでも映像を見ることができる。
「奴隷として生きてみないか」
肉体関係を持つ前に、沖田は夢を語った。非常識で屈辱的なプラン。それに忠実に従って十八歳から五年刻みで契約を更新してきた。
最初の五年は、沖田好みの奴隷になること。美を磨き発声、滑舌、身体能力、知性までも磨く。次の五年は、女子アナとして活躍し人気を得ること。
結婚はつぎの五年へ向けた一歩だった。この五年、沖田の気が変わらなければ離婚はない。だが、さらにその先はわからない。捨てられるかもしれない。
「これからの五年は長いぞ。おまえの一生が決まる五年となる。二十八歳から三十二歳まで。いろいろなことがあるに違いない。おまえはおれの言うとおりにする。そして欲望を閉じ込めないことだ。いいな」
沖田の言葉が髪の毛からつま先にまで染み渡っている。
食事が終わると食器を片付け、丁寧に洗う。バスルームでシャワーを浴び、化粧をする。そして身支度をする。
相手に応じて雰囲気を変える。肩に届く髪をポニーテールにし、黒光りするエナメルのトップスとボトムス。トップスは乳房を見せつけるかのように左右と下から支えるぴっちりとしたブラ。ボトムスはゆるいフリルのついたミニスカートタイプ。裏地は深紅だ。黒のピンヒール。これも脱げば内側は深紅である。
鼻柱にはさみつけるタイプのリングをとりつける。スワロフスキーのついたリングは、耳のピアスとおそろいだ。

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