荒縄工房短編集 第二話 親不孝子不孝(3)
店は他人の手に渡り、引っ越してしまったので、向こうがもし私を探そうとしても簡単ではなかったでしょう。近所の人に聞けば、母が亡くなったことぐらいはすぐ知ったはずです。それでも、訪ねてくることもありませんでした。残された息子になにを言ったところでどうにもならないからでしょう。
「遺品を整理していて、雪さんに渡すようにと遺言に書かれていた箱がありまして。中を見てはいけないとあるので、どうしたものかと」
半年ほど前に教員は亡くなっていたのでした。
私は書面に押印しサインしました。そしてデパートの大きめの紙袋に包まれて、厳重にガムテープでぐるぐる巻きされたものを渡されました。
拍子抜けしながら自分のアパートに戻り、着替えていつもの体の手入れをし、今夜はなにもしたくないので、いくつかの誘いを断って缶ビールを飲みながら、その包みをしばらく眺めていました。
少し怖かったのです。
でも、勇気を出してガムテープを剥がしました。ガムテープは何度か貼り替えたようですが、その多くは経年劣化で簡単に剥がれてしまいます。
中からは、アルバムと日記帳が出てきました。アルバムは三冊。日記帳は分厚いもので五年分を一冊に書けるものが四冊。
アルバムには、思ったとおり、教員が撮影した母の淫らな姿がこれでもか、と写真として残されていました。すべてモノクロです。大きく引き伸ばされた写真もあります。ネガも保存されていました。ペンで「掲載!」と書かれた写真もあり、二人はなにかに投稿していたのだと推測され、いまさらながら恥ずかしく真っ赤になってしまうのでした。
母の写真がマニア向けの雑誌に掲載されていた……。つまり、私も見ていた可能性があるのです。それとは気付かず。
日記は、母の結婚が決まった日からはじまっていました。
──高岡様のおっしゃる通り、私は結婚をして子供をもうけることを決意し、ろくに知りもしない相手の方と見合いをしました。断ることのできない見合いでした。──
驚きました。
母は結婚前に、すでに高岡と関係していたのです。まるでプレイのように見知らぬ男と結婚して妊娠し、私を産んだというのです。
──今日は、もう一つの結婚式です──。
母は一般向けの結婚式と披露宴をしたあと、新婚旅行としてそう遠くない温泉地に行きました。ですが、それは新婚旅行とは名ばかりのものだったのです。
──参加いたただいたのは、高岡様をはじめとする十七名のマニアのみなさま。全国からこのために駆けつけてくれたのです──
それから三日三晩、母は輪姦され、緊縛、野外調教など、あらゆる恥ずかしい行為をさせられたことが淡々と記されています。
──一日目。みなさまの男性部分を口で奉仕します。それからみなさまに、セックスしていただきます。全員の精液をしっかり膣で受けるのです。あふれた精液はグラスに入れて飲み干します。みなさまが満足していただいたあとは、縛られて外にあるトイレに繋がれました。小水を飲ませていただき、体に浴び、みなさまの汚れたお尻を舐めました──
風呂に入って体を洗ったのち、夜は余興をさせれています。
──玉子を生んでみせます。三個までは入ります。ピンポン球は四つ。ゴルフボールも入れられました。コップを洗うブラシでオナニー……――
壮絶な行為が連続していきます。
──水を大量にお尻に入れていただき、庭で噴水をします。性器とお尻に花火をさして、火をつけます。自分で自分の肌を蝋燭や花火で焼きます──
その後も輪姦。
──二日目。裸の上に縄をかけられ、コートを羽織ったまま観光地巡りをします。みなさまと写真を撮ります。どんなに混雑したところでも、写真を撮るときはコートを脱ぎます。みなさまの便器として使っていただきます。みなさまがおいしそうなものを食べているときは、お浣腸でお尻からいただきます──。
夜は当然、種付けが続きます。
──三日目。森に連れて行かれ、大の字に木の間に磔状態にされ、鞭をお受けしました。何度も失神しましたが、みなさまが満足するまで終りません。千発ほどいただき、全身から血が噴き出します。そこに蜜を浴びせられ、マスクをつけた顔以外は、たくさんの虫に傷口を刺されました──
帰宅は、傷ついた体を木箱に押し込まれて、クルマの荷台で運ばれたというのです。
こうしたことが、とても細かく記されていました。その文言からは、上ずったような歓喜が読み取れます。
母は喜んで自分の受けた酷いことを記録していたのです。
高岡は母にちゃんと記録をすることを命じていたのでしょう。これも二人のプレイの一つだったのです。
つまり、私の本当の父親は、このあとも数回にわたって開かれる「種付け輪姦」に参加した誰かなのです。
新婚というのに、嫁らしいことはまったくせず、オモチャにされ続けていくのです。
傷が癒えたら、また温泉地や別荘地での種付け輪姦調教です。軽井沢、那須高原、西伊豆などで、いつものメンバーで毎月のように開かれています。
なるほど、父(と思っていた男性)がいつの間にかいなくなるのも、最初から予定されていたことなのでしょう。本当の父親は誰かわからないのです。彼はただ名を貸しただけのようなものでしょう。
文具店を継ぐまで、母は会社勤めをしていたはずですが、それもまたウソでした。母は高岡たちによって飼育されていたのです。マニアたちが借り上げた部屋へ朝から晩まで通い、男たちから好きなように扱われていたのでした。
──生理になるとお尻でします。お尻の状態が悪く治療をしているときは、生理中でも性器でします。生理時を好む方もいました。経血を飲まされたりもします。経血はつまり妊娠していないことですので、罰を受けることになりますし、種付けの会を開かなければなりません──
そしてこんな乱れた生活なのに、母は私を妊娠するのです。
妊婦となってから安定期に入るまで、束の間の休息があったようですが、安定したあとは臨月になっても激しく責めを受けています。
出産後も、しばらくは休めたようです。ですがすぐに、また過酷な毎日が始まります。
日記によると、その部屋には数名の女性がいたようでした。多いときは四人ほど。女性同士で淫らな行為をすることも多かったようです。赤ん坊は、交代で女たちが面倒を見ていたようです。
文具店を引き継ぐことは、高岡が許可し、それによって母はそこから一人、外れたのでした。
高岡だけのものになったのです。そこからは、私の記憶と符合します。日記の量は極端に減り、私が小学校を卒業するあたりで終っていました。
私はこの日記やアルバムを目の当たりにして、二つの考えに捕らわれていました。
一つは母の欲望のあまりの深さ。その血が私にも流れていると思うとゾッとせざるを得ませんし、これまで自分がやってきたことを思えば、欲望に人生を捧げてしまうことも当然のようにも感じてしまうのです。母と同じようなことをしてきたのです。ただ母ほど酷くはない範囲で。
もう一つは、この日記は、高岡と二人で作り上げた妄想ではないか、との疑いです。
アルバムはどこを探しても、母の日記に符合するような写真はなく、三冊すべて母しか写っていません。撮り方もとても似ています。場所も、あまり変化がなく、前半は知らない畳の部屋。後半は見慣れた私の育った家です。おかげで見ることのできなかった室内での母の姿を確認することができました。
厳しい緊縛。鎖。鞭。顔全体を覆うようなマスク。目隠し。猿ぐつわ。淫具。およそマニアなら思うような行為をすべてやり尽くしていたのです。
しかも十代なのではと思える若い頃から、投稿をしていたらしき頃、そして私が知っている母まで。
写真からは高岡某のほかに誰かがいた形跡はありません。新婚旅行で撮った写真でもあれば別ですが……。
妄想であってくれればいい。雑誌に投稿するために二人で話を創作したのでは?
それは私の勝手な希望です。最初の投稿は掲載されるかもしれませんが、二度目、三度目になると、話を面白くする必要を感じたのではないでしょうか。いくらなんでも酷いし、私の知っている母がそんなことをしてきたとは思えないからです。
それを確かめるには、書類に残っている父を探して話を聞けばいいのです。
ですが、その気になれません。
もしすべて事実なら、母を知る人たちが高岡以外にも少なくとも十七人もいるのです。何人かは存命かもしれません。
いつか、またそういう人たちが亡くなって、母の恥ずかしい過去が私の前に現われることがあるのでしょうか。たとえば新婚旅行での写真とか。
父からなにかが届くことはあるでしょうか。
それを突きつけられたときに、私はどう感じるでしょう。
「なるほどね。それはおもしろい」
このところ、あまり激しいプレイはやらなくなっていました。同好者の話相手になることが増えているのですが、信頼できる男にかいつまんでこの話をしたらおもしろがってくれました。
「たとえば、重要な写真がないのは、ほかの参加者たちのプライバシーのためかもしれない。処分されたか誰かが保管しているか……。あるいは」と彼はニヤリと笑います。
「投稿したんじゃないですか。というのはね、昔って、こうしたフィルムを現像してくれるところはあまりなかったはずです。ネガで投稿先の出版社に送れば、もちろん現像する。そして使える写真は掲載され、ネガは出版社にある」
「そんな……」
「脅してすみません。そんなつもりじゃなくて、可能性を言っているだけです。もちろん、メンバーの中に現像のできる人がいたとしても、まったく不思議ではありません。現像や引き伸ばしは、慣れれば誰でもできますからね」
いまではデジタルが中心ですが、当時はアナログです。
出版社か、現像を引き受けていた誰かのところに、母の日記を裏づける写真が残っているかもしれません。
それは、ゾッとする話です。すでに処分されてしまっていることを祈るしかありません。
明日、それとも数年後、母の子(あのときの子だ!)を見つけ出した誰かが、おぞましい証拠写真を送りつけてくるかもしれない……。
「あなたのおかあさんは、あなたのためのプレイを残してくれたわけですよね」
「プレイ……」
「そう。忘れた頃に、あなたが恥ずかしい思いをするように……」
「だとすれば、私はこれからも、母の残した過去の恥ずかしい事実を愛することになるのでしょうか。それこそが、母の残したかったものなのでしょうから」
「ええ。愛ですよ。愛したほうがいい。この世界は、私やあなたがいなくなっても続いていくでしょう。あなたのお母さんやあなたがこの世から消えたところで、びくともしませんよ。だったら、いまは恥ずかしいと思っていることも、愛おしくなる」
「そうなりますかね」
「なりますよ。あなたのことだから」
そうなのだろうか。私にはまだそこまで確信は持てないのです。ですが、あれから毎日のように母のモノクロの写真を眺めながら、胸が熱くなるのは確かなのです。
★このお話はここで終わりです。荒縄工房短編集でまたお会いしましょう。あんぷらぐ(荒縄工房)。

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