荒縄工房短編集 第一話 別れの儀式(3)
「恥ずかしいわね。あとで掃除するのが大変よ。そんなに怖いの?」
肉体を傷つけるような行為はしたことがなかった。美奈は名を刻まれる恐怖に震え、怯え、暴れた。これほど拒絶しているのに絹恵はやめようとはしない。そのことがさらに美奈を怖がらせていた。未知の世界だ。
「これから美奈は一生、私と一緒。どこで暮らしていても、私の奴隷」
絹恵はそう言って、塗れた下腹のすぐ上にも、自分の名を書いた。
数歩下がって、出来映えを確認する。
「いいわねえ、美奈。ステキだわ」
黒い文字が浮き上がる。文字が息づく。
「じゃ、やるわね」
消毒液でカッターの刃先を丁寧に拭き取ると、鋭い先端を左の乳房にあてた。
その時だった。
激しく暴れた美奈の左手が弾かれたように飛び出し、絹恵の横顔にぶつかった。
絹恵はそのまま床に崩れた。
美奈の叫び声は、外の風よりも小さい。
左手を磔台にくくりつけていたベルトが、完全に外れてしまったのだ。ベルトは四本のネジで磔台に取り付けられていたが、そもそも数本は最初からバカになっていた。そこにもってきて、美奈が激しく暴れたので、とうとう壊れてしまったのだ。
「いったあああ」
うめきながら立ち上がった絹恵の右の目尻からほお骨にかけてが熱い。そこを右手で押えるとねばねばした血を感じた。
「ああ、ちょっと、これ、痛いわ」
絹恵はそれでも美奈の残りの手足のベルトを、左手だけで外していった。締め付けるのは両手でも、外すのは片手でできる。遊びの道具として、そうした点だけは考慮されていた。
自由になると美奈は、急いでマスクと鼻フックとギャグを外した。
「大丈夫?」
「すごく痛い」
「ちょっと見せて」
絹恵は押さえていた手を浮かせた。
「あっ」
どうやら左手にまだ残っているベルトから突き出たネジで、ザックリと削ってしまったらしかった。
「これは病院に行かないとダメだわ」
縫う必要がありそうだった。
美奈はネットで外科の外来を調べる。
裸でそんなことをしている美奈を眺めながら、絹恵は痛みを忘れ微笑んでいた。
明日が、今年最後のゴミの収集日だった。
管理人から借りた小型の電動ノコで、美奈は磔台をバラバラにしていた。長さ三十センチ以下なら燃えるゴミで処理できるという。引っ越す前に、処分してしまいたかった。
「これでいいの。あなたの印がここに残って、うれしいわ」
二針ほどの傷だったが、跡の残る可能性を医者に指摘された。大きな絆創膏が顔の右側を覆う。ときどき、痛む。絹恵はそれでもずっと機嫌がよかった。昨日、引っ越していくとき、絹恵は美奈をしっかりとハグした。
「幸せになってね」
キスをし、美奈は絆創膏のない方で頬と頬としばらく合わせたが、絹恵は絆創膏の側の頬も美奈に押しつけた。そして、その傷が残ることをうれしいと言ったのだ。
「考えてみれば、あなたに私の痕を残すより、私にあなたの痕を残した方がいい。あなたはいつか私を忘れる。私は……」
忘れてください。いや、忘れないで。美奈はどっちの言葉もうまく言えなかった。
部屋で外側のビニールレザーやクッションは剥がしておいた。それをマンションのゴミ置き場に捨て、そこで清掃をしていた初老の無色透明な管理人に「材木とか、どうすれば捨てられますか」と聞いたら、「三十センチ以下に切れば明日、出せますよ」と言って、電動ノコを貸してくれたのだ。
磔台はバラバラになった。それがなにに使われた木材なのか、ちょっと見てもわからないだろう。
「ああ、それなら大丈夫ですね」
管理人は「あとはやりますよ」と言った。束ねて捨ててくれる。
「引っ越しは明後日でしたね」
美奈は笑顔でうなずいた。
氷のような風が頬を軽く叩く。美奈の汗ばんだ顔を一瞬で冷やす。
見上げると、真っ青な空に、ポツンと白い飛行機が浮いていた。
★このお話はここで終わりです。荒縄工房短編集の第二話は出来上がり次第、お届けします。あんぷらぐ(荒縄工房)

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