インサイドアウト 第二話(その1) 今度の土曜日
「それで、どうでした?」
直人は待ちかねたように、オフィスにやってきた真津美に話しかけていた。
「すごかったわ」
タートルネックの薄いセーター。長袖だ。しかもその手首には袖の色に合わせた濃紺のリストバンドのようなものが見え隠れしている。スーツパンツで足元も見えない。
少し痩せたのかな、と頬がこけているように直人には見えた。得体の知れない影のようものをいつしか真津美は背負っているようだ。
真津美は新しい世界を得て、気分は高揚している風だ。
ヤリ部屋での二十四時間。土曜の昼から日曜の昼まで。あの恐ろしく、とんでもない時間が、またいずれやって来る。そう思うだけで、頭がボウッとなりそうだった。
「若鮎なんですけど。みんな、またやりたいようですよ」
「うーん」
頭を仕事に切り替えていた真津美は、冷たく「ないなー」と答えた。
死をも予感したあの時間を経て、元に戻れるとは思えないのだ。
以前は、先の尖った錆びた鉄棒を握りしめ、雷鳴と雷光に満ちた荒野を歩く自分の姿を夢想していた。そして突然、鉄棒から強烈な電流を受けて体が裂け、焼け焦げて絶命するのだ。
しかし、新たな経験のあとに、そのイメージは修正された。錆びた鉄棒は、荒野の小高い丘の上に垂直に立てられ、自分はその鉄棒に串刺しになっているのだ。手は後ろ手に縛られ、足は鉄棒の根本に縛られているのだが、がに股にされている。みっともない姿。鉄棒の鋭い先端は肛門から入って内臓を破壊し、喉を抜けて口から飛び出している。その苦悶の姿は雷が落ちてくれるまで続く。
鈍い銀色だった空が、しだいに邪悪な黒い雲がどこからともなく押し寄せてきて、昼でも真っ暗になる。ゴウゴウと凄まじい雷鳴に地面も鉄棒も振動し続ける。見渡す限り、周辺に稲妻がいくつも走る。いよいよ自分の番が来る。そのとき、鉄棒の先端に稲光が吸い寄せられていく瞬間を、目の前で見ることになるだろう。それが最後に見る光景になる……。
直人はタートルネックの縁に、かなり赤みがかった真津美の肌を見た。
傷ついている。どんなことをされたのか知らないが、平気で仕事をしている。楽しい週末を過ごし、気合いを入れて来たように見える。
それでいて、彼女の肉体はこのフロアにいる誰よりも無惨に汚れ、傷ついている。
その遊びは極めて危険なものだが、それは一千万円ぐらいするスポーツカーで首都高を走り周り、かつて川の底だった道路で時速三百キロを出すのとそれほど変わりないスリルなのかもしれない。
「あの会のメンバーを集めるのに二ヵ月ぐらいかかったんですよ。大変だったんですよ」
一応、抵抗はしてみる。
資産家の考えることはわからない。直人は真津美とその背後にある裕福さを結びつけて考えようとしてみたが、仕事の合間に視界に入る真津美の姿は、どこから見ても、ごく普通の女だった。
むしろやや小柄で華奢に見える。
男として守りたい存在に思えるのに、彼女はそれを拒否する。
このまま彼女の背負う影が濃く深くなっていくのを黙って見ているしかないのだろうか。
直人は、その夜、帰宅する真津美に、「もし次があるのなら参加したい」と告げていた。下見をしたあのアパートの場所はわかっている。
「そう。でも耐えられるかなあ」
ご清潔なお坊ちゃまに、と真津美は言葉を自分の中だけに仕舞った。
「食事でも?」と誘ったが、断られた。「疲れているから」
直人が悶々としている間に、真津美はかなり回復をしているようで、少なくとも仕事中にはなんの問題もなく、影のようなものは薄くなっていった。
「今度の土曜日。お昼の十二時から日曜日のお昼の十二時まで」と真津美に言われたとき、直人は一瞬、若鮎の会だと思ってしまった。
「一週間しか……」と直人は驚いた。
「一週間も、よ」
回復力を試すかのようだ。
真津美は、柏田が男たちを用意してくれたら、なにがあっても断らない覚悟でいた。木曜日の朝、柏田から用意ができているとメッセージが送られてきたのだ。不思議と、それからさらに回復力が増したような気が真津美はしていた。
今度こそ、殺される……。
冷静でいられないほど、体の底からこみあげてくるもの。悪い虫たちはより巨大になって真津美を腹の中から食い破るに違いない。
金曜日は忙しく、直人は真津美が他のフロアで連続してミーティングをしているらしいことは知っていたものの、声をかけることなく帰宅した。
これほど服装に迷ったことはなかった。
直人はグレーのスラックスに多少の雨なら弾くスニーカー、紺のブルゾンを着て、捨ててもいい安物の傘を手にアパートに向かった。
電車を乗り継ぐ間も、雨のせいか憂鬱だった。
まったく土地勘がない。一度、真津美に言われて見に来ただけだ。ホームを雑多な人たちが降りて行くので、そこそこ人口はある。下町といった風情。都心から時間的にはそれほど遠くはないのに別世界だ。ビルは少なく、マンションも少ない。大型商業施設はない。地図によれば駅から離れた国道沿いは、ショッピングセンターやマンションが建ち並んでいるようだ。
駅の周辺には小さな商店街の名残りがある。シャッターが降りた店。二階建ての店舗兼住宅がずらっと並ぶ。雨なので人通りもあまりない。どこからか揚げ物の香りがしている。タイ料理の香りもある。
その中程で曲がると、カーブを描くコンクリート製の背丈ほどの堤防にぶつかる。その向こうはキレイとは言えない川。この先の大きな川へ続くはずだが、このあたりでは、ただ町の発展を阻害している。
クルマが一台通れるコンクリートの橋を渡ると、右手にアパートがある。その向こうは空き地になっている。工場の塀などに囲まれて、雑草の生えた小さなスペースはそれだけでは利用価値がないので放置されたままだ。
そこに人影があった。
直人は心臓がバクバクした。急いで橋を渡ってアパートのブロック塀と川に挟まれた、人と自転車しか通れない隙間のような道とも言えない道。こちら側の堤防の上にはフェンスが張られていて警告文の書かれた錆びた看板がいくつか貼り付いている。その看板には風俗と闇金らしき電話番号の書かれたシールが貼りつけられている。黒いスプレー缶がその上に卑猥なマークを描いている。
電柱の横から、そっと空き地を見る。
男が黒く大きな傘をさしていて、顔は見えない。その前で、雨に濡れながら裸になっているのは真津美だ。
着ていたものはオフィスにいる彼女からは想像できないほど地味で薄汚れたワンピースらしきもので、それは真津美が持って来たビニール傘とともに男の手にぶら下がっている。
直人が見ている前で、真津美は靴下を脱いでいた。粗末なビニールサンダルが用意されている。艶やかな黒髪は肩までふわっと仕上げてあることが多い。いまは雨でべったりと貼り付いている。かなり長くそこにいるのだ。
想像したとおり、首には傷跡のようなものが残っている。以前にチラッと見えたときのように赤くはなかったが黒ずんでいる。手首、足首も同じような痕が残っていた。
それよりも驚いたのは、真津美の陰毛が剃られていたことだ。
最初に若鮎の会で見たとき、そこは勝ち気な彼女の性格そのままに、しっかりとした毛で覆われていた。ただ直人を含めて七人の男たちに何度も何度もペニスを挿入され、クンニされ、バイブで感度を高めさせられているうちに、たっぷりと濡れて柔らかくなっていった。
その味を直人は思い出せる。
しかし、いまはない。剥き出しの陰部。
声は聞えないが、男になにか言われたらしく、真津美は自らそこに指を持っていき、大陰唇を左右に割った。さらに小陰唇をつまみ、中まで広げた。
ストロボが光る。
男がスマホでその姿を撮影していた。
次に真津美は、後ろを向き体を前に倒してお尻を広げた。広げただけではない。自分で人差し指を舐めると、それをアヌスに深々と差し込んでいく。
なおかつ顔がはっきり見えるように撮影していた。
終ったのだろう。
服を着るのかと思ったが、真津美は、男から受け取ったロープを首にかけた。引っ張れば首が絞まる仕掛けのロープだ。そして自分からロープの端を男に差し出した。
二人が歩いてこっちへ向かってくる。
直人は慌てて、アパートの角まで戻った。
まさか、そのままここまで来るのか。直人は自分のこと以上に慌てていた。全裸の真津美は、手を頭の上にのせ、なにも隠さないまま歩いてくる。脇の毛も処理されている。傘をさした男は首の縄を手にしてそのうしろにいる。
直人の横を軽トラックが通り、宅配便のトラックが通る。傘をさした人が歩く。土曜の正午近く。ごく普通の町の中を、裸で歩いている。
真津美はメイクなしのスッピンで、心なしか全体にピンク色なのは上気しているからだろうが、唇に血の気はない。トロンとした目は、若鮎の会で見たままだが、あれは朝までセックスし続けた果ての表情だった。

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