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いいなりドール 26 神様が夢の中で告げたのです

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 大嫌いなセックス。
 だけど、それをするとき、わたしは誰かと一瞬、誤解のない世界にいられるのです。
 これまでわたしの知らないセックスをした男は一人もいませんでした。起承転結。必ずそうなるようになる。これってすごい。何人とやったか覚えていませんが、週2平均で……。ああ、計算が面倒。とにかくたくさん。
 だけど、みんな同じ!
 もちろん、途中で終わったり。だけじゃなく、待ち合わせ場所ですっぽかされたり、顔を見てから断られたり、相手が不能だったり、アクシデントはさまざまです。でもそれは本質じゃない。
 セックスそのものは、いつも同じ。やるだけ。やって終わるだけ。
 これを同じ人とやり続ける忍耐力のほうが脅威です。信じられません。相手が違うから、好きでもないセックスをやり続けることができるのです。
 長く一緒にいれば、その単純でわかりやすい世界は失われ、誤解と非難と悲嘆と、意味もなく頭を使う複雑な世界に変わってしまいます。
 祖母に育てられたのは、父母に見放されたからですが、気づけば祖母の家にいました。祖母はいつも祈祷をしてくれて、医者にも連れていき、白装束の人たちと滝に打たれたり、岩山を登ったりもしました。
 祖母がわたしを連れて行くところには、なぜか白い服の人ばかり。そしてわけのわからないことを言う。医者と宗教。
 とても退屈でした。
 宗教の関係者たちに、薄暗い部屋に連れ込まれて、「おまえの体は正常だ」と言われました。
「神が生み出したその能力を万人に与えるべきだ」と。
 セックスはさせられるもので、受け身であることを強いられ、とにかく嫌でした。だけど、セックスをすると彼らはみんな優しくなるのです。それはとてもうれしいことでした。
 何人とやったか覚えていません。祖母は知っていたのか知らないのか、わかりません。何も言いませんでした。
 お決まりのように、わたしは家を出て男たちの間を点々としました。その間に祖母は亡くなりました。病気だったようです。看病することもなく、病状を知ることもなく、祖母を一人で死なせてしまったことは悲しいことでしたが、こうなったわたしと会いたいとは思わなかったでしょう。
 そして運命の1995年が来ます。19歳のわたし。なにもかも知った気になっていて、このまま生きていけるんだろうと思っていました。
 1月に大きな地震が関西であったとき、わたしは宗教の男たちと山梨県にいました。でも、あの宗教じゃありません。3月にサリンを地下鉄に撒いた宗教とは違います。でも、十分でした。
 時代は終わったのです。わたしはこのままでは生きていけない。こいつらといても生きていけない。セックスするにしたって、別の男、白い服じゃない連中とすべきだと、それこそわたしの神様が夢の中で告げたのです。
「雪子。君はここにいてはいけない」と。
 あの神様は彼らが信奉していた神なのか、別のなにかもっとエライ神なのか、外国映画では頻繁に登場するような神なのかはわかりません。
 でも、神は神です。
 それに、宗教団体はお金はあっても、退屈すぎました。
 地下鉄サリン事件が起きてすぐ、山梨県にある宗教団体に強制捜査が入りました。それをテレビで見ていて、ショックを受けました。
 似て非なる団体。だけど、こことあそこはなにかつながっているに違いない。ここではなくあそこに警察が行ったけど、次はこっちかもしれない。いえ、きっとそうに違いない。
 確信を得て、神の夢を見たのですが、わたしの周囲の男たちもおかしくなっていきました。
 ほぼ全員の男たちをわたりあって、「いいなりドール」とあだ名されていたわたしのことを、突然手の平返しで糾弾しはじめます。
 誰のものにもならない、なれない。だから排除する。
 そんな感じでした。間違いなく、集団ヒステリーです。
「おまえのような女が、ここにいるのは間違いだ」と言われました。
 あんたらみたいな男たちが宗教の真似事をしている方が間違いだ、とわたしは思いましたが、当時はいまほど言葉にするのは得意ではなく、なんにも言いませんでした。
 このままいたら殺される。そう感じたので、神の声に従って逃げました。
 逃げるときは爽快でした。
 わたしはわたし。ノー・セックスで生きてやる……。嫌なことはもうしない。好きなことだけをして生きてやる。
 だって、わたしには神様がついているから!
 幸い、当分はホテル暮らしができるぐらいのカネがあったのです。宗教の男たちは全員、ケチでしたが、わたしが彼らの財布から何枚かお札を抜いても、なにも言いませんでした。
 あ、すみませんが、以上の話、悲しい話ではないので誤解しないでください。自分でも笑っちゃうほど、トンデモな話だと思ってこうして書いているのですから。
 教祖の秘書という男(日曜の夜に退屈なセックスをする男)の部屋には金庫があって、その番号をわたしはいつしか覚えてしまい、札束を持ち出してもお咎めなしでした。
 たぶん、いつかわたしを殺すつもりだったのでしょう。わたしより若い「いいなりドール」がすでに数名育っていましたし。サリン撒いた連中と同じようなことをしても不思議ではないし。
 長男である健介の父は、チンケな宗教関係の誰かだと思います。あれだけかわいかった赤ん坊に、しだいに人格があらわれていき、顔に記憶の中にぼんやりとある男たちの表情に似たものを発見するにつれ、不気味に思えてくるのでした。
 逃げ出したあとで妊娠がわかったのですが、あの施設いる男たちに二度と会いたいとは思わなかったし、引き戻される恐怖もありました。
 いつか、この子に殺されるのかな、とぼんやりと感じながらも、彼が大きくなっていくにつれて、それもいいかな、という気もしてきました。
 お金があってよかったです。でも、出産したらお金もなくなり生活保護へ。
「神様、これでおしまいですか? わたしはこれでおしまいですか?」
 祈り方は覚えていなかったし、覚えていたとしてもあの団体の真似はしたくないのでしなかったでしょう。なんとなく手を合わせて、夜、団地の暗い天井を見ながら、祈りました。
 残念ながら、わたしに神が声をかけたのはあの時だけで、以来、一度も現れませんでした。
 神抜きでやるしかないのです。
 さようなら神様。もうわたしのところに来ないのなら、二度と来ないでいいです。
 役所の福祉課の人などを通して、職安とかで就職を斡旋してもらい生活保護ではなくなるときもあったのですが、長く続かないのはこれまでの人生の「お決まり」です。
 なにをやっても長く続かない。それがわたしの基本です。
 そのわりには、これだけは、比較的、ちゃんと書いているのでエライですよね。
「子供、2人いるんだ」
 小向はなかなか頭がいい男のようです。
「もう1人の父親は?」
「その話は書きたくないな」
 思わず反射的にそう答えていました。
 自分でそんな気持ちであることに驚きました。ミユキがわたしを嫌うように、わたしもミユキが嫌いですが、彼女を産んだのはちょっとした勘違いというか、希望を抱いてしまったからでした。
 健介を育てながら必死で生きていたのですが、彼が小学校に入った頃。わたしは相変わらず不特定多数の男性とセックスをしてお金を含めていろいろと貰っていました。
 その中に、珍しく、リピーターが出現したのです。
 大学生でした。学校で知り合いました。教育実習生。
「ここの卒業生なんですよ」
 爽やかな青年でした。1ヵ月ほどの教育実習はあっという間に終わり、その間にはただ挨拶をしたことがあるだけでした。
 健介は問題児で、ほかの子を蹴ったり叩いたり噛みついたりしていました。まさか引きこもることになるとは思いもよらないほど、彼の意識は常に外に向かっていました。
 学校では有名で、たびたび呼び出されました。
 他の父兄からはわたしの存在を含め、とても嫌われていました。
 彼はいまはその地域に住んでいなかったのですが、教育実習で久しぶりに訪れたあと、地元に残っている友人たちとの交流が活発になったらしく、たびたび町にやってくるようになっていたのです。
 役所で手続きをした帰りに、バッタリと駅前で彼に会ったとき、なにか後ろめたく逃げようとしたわたしに、彼から声をかけてくれたのでした。
「雪子さん、ですよね。健介君のお母さんの。彼、元気ですか?」
 爽やかすぎる笑顔。穏やかな声。若さ。若さ。若さ。
 わたしはセックスと子育てをしている間にすっかり年を食ってしまい、若い男というものをはじめて見たような新鮮な驚きに包まれていました。
「驚きに包まれて──。歌になりそうですね」
 いい声の小向君。
「冗談でしょ」
 そんな歌、聞きたくもないです。入って来ないで小向君。わたしの首筋を舐めてもいいから。男にされるたいがいのことに慣れているから。


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