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小説 官能アドレセンス 26 たくさんの愛

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 亜希江は、私に縛られて奉仕したいと言っていた。
 縄で手足を縛られて不自由な状態になったまま、ひたすら私の股間に唇をつけて、舌を這わすことで、亜希江の願望は達成できるのだろうか。
 叱って欲しいとも言っていた。抵抗できない状態にされて、きつく叱られたら亜希江は泣きわめくに違いない。そうされたいのだろうか。
「よろしければ、様子を見に行きませんこと?」
 あっという間に30分以上経っていた。
 帰りそびれてしまった点では、望月夫人の狙いはみごとだった。
 気持ち悪さは拭えないのだが、だからといって先ほどに比べれば、すぐ帰る気力はかなり減退していた。
 朝から異常だったテンションも落ち着いてきた。
 向き合えるだろうか。いまの紀里夫に。
 廊下に出ると、すぐ「あっ、あっ」と亜希江の声が聞こえた。
 いやらしい声。女がよがり狂う姿を想像する。こちらが恥ずかしい。汚らしい。人に見せる姿ではないはず。
 やはり、見ない方がいいのではないか。
 望月夫人のあとを追うように広間に出ると、最後に見たときとは、様相が一変していた。
 亜希江は乳房を露出し、浴衣はすでになく、鴨居から空中を飛ぶような姿に吊されていた。
 髪にも縄が絡まり、腕は背中に。重なる縄でよく見えない。反対に乳房は見せびらかすように突き出ている。その根元にも縄がくっきり絡まっている。縄で縁取られることで、立体感が強調されるのだろうか。その存在は亜希江の顔以上だ。この乳房が亜希江なのかもしれない。
 左足は天井に向かって厳しく引き上げられ、右足は膝をしっかり曲げて畳まれたまま幾重にも縄が食い込んでいた。
 縄がどういう具合になっているのかはわからないのだが、腕、乳房、上体、そして腰、さらに足へと意志があるかのように這い回っている。
 彼女はそれに身を委ね、切なそうな声を出す。
 ただ全裸ではない。白い褌を締められている。その白さが浮き上がる。
 なにかをされているわけではない。ただ縛られて吊されているだけで、彼女ははしたない声をあげ続けている。演技やサービスとは違うようだ。周囲にいる客たちを彼女はほぼ無視して、自分の世界に入り込んでいるのではないだろうか。
 芳清は、うれしそうな顔をしながら、その様子を眺めている。作りかけの彫刻を眺める芸術家のような眼差しだ。
 その向こうに、まったく同じような姿勢で吊されている紀里夫がいた。私が思っていたよりもムダな肉はなく、肌はほどよく日焼けしていた。この数日の間に摂生して体をつくり日焼けサロンにでも行ったのだろう。人に見せる体にするために。
 そんな努力をする男だとは知らなかった。
 彼は目に染みるほど赤い褌姿にされていた。
 その向こうに芳純が仁王立ちしていた。紀里夫の顔を両手ではさんでいる。あたかもいま、長い接吻が終わったところのように見えた。
 幸い、紀里夫は芳純の側に顔を向けていて、私には亜希江越しに、彼の背中や肩や尻が見えている。
「あら、もうすぐフィナーレだわ」
 望月夫人がつぶやく。
 芳清は亜希江を愛撫さえしない。亜希江は縛られて吊されているだけで達してしまい、それによって濡れそぼった褌を、芳清は客に示している。
 縄の会であり、セックスの会ではない。
 兄弟は顔を見合わせてうなずくと、ほぼ同時に手にした縄を緩めていく。
「ああっ」
 亜希江はまた大げさな声をあげ、引き絞られた左足が緩められていく。だらりと垂れ下がる。
 紀里夫も同じだが、彼は無言だ。表情を変えない。あまりよく見えないが。見ないように私はしている。
 女と違い、筋肉質の彼の首筋から肩にかけての線がダイナミックで美しい。何度も私はそこに指を這わせ、キスをした。あの体。
 2人同時にズズッと全体が下がっていき、いま自由になった左足が敷居にぺたりとついた。片足立ちになったのだ。
 芳純と芳清は縛られた2人を正面から抱き止めるようにしながら、完全に鴨居からの縄を緩めた。最初は気づかなかったが、鴨居から下がっていた縄は数本あって、体重を分散して吊していたようだった。
 ふーっと安堵のため息をつく紀里夫。その息づかいをはっきり私は感じた。
 うっかり彼の顔をはっきり見てしまう。
 セックスのあとに満足したときに見せる彼の風情に、あまりにも似ていて、私は勝手に顔を赤らめた。自分の恥ずかしい姿を客たちに、そして望月夫人らに見られているような気がした。
「男は皮下脂肪が少ないのと、細胞の質が違うので、女に比べるときついんです」と芳純が会員たちに語っている。「こことここ、神経を圧迫する部分については、避けてください。事故になります。これは男女同じ。ここをきつく縛ると体重の重い男の方が、吊ったときにはかなりのダメージになりやすい。鍛えているからといって過信しないでください。いくら外側の筋肉を鍛えても、神経を鍛えることはできないのです。緊縛はそれだけで拷問となることを覚えておいてください」
 そう言いながら、右足の戒めを素早く解いていく。座敷に何本もの縄が役目を終えて落ちていく。
 あれだけの量の縄を扱っていながら、解くときはいとも簡単に見える。
 とぐろを巻いている縄の量は驚くべきほど多い。さっき、それがすべて2人の体を締め付けていたのだ。1本の縄ではなく、何本もの縄を巧みに使って作り上げるオブジェなのだと知る。写真展ではそこまでわからなかった。
 正座をさせた2人の背後で、腕の戒めを解いていくと、ようやく一連の緊縛は終了したらしい。
 会員たちが拍手する。紀里夫と亜希江は土下座している。
 自分の愛している男が、縄に愛されていた。
 顔を上げた2人。亜希江と紀里夫は笑顔でお互いを見合っている。
 その2人の肩を芳純が背後から抱いて、「ありがとうございました」と会員に再度、挨拶をした。
「このあとは、みなさんと緊縛の練習をしましょう。ご質問も受けます。その前に10分、休憩です」
 芳清のいい声。
 額に汗をにじませた芳清は、私の視界の中でもダントツに輝いていた。自分のバンドでは隅っこでストイックに振る舞っていたのに、ここではスターのように目立っている。
 彼がナミスケを縛っていたのも嫉妬するが、もし紀里夫を縛っていたら、私は自分を制御できなくなっていたかもしれない。
 これがAVの撮影で、亜希江も紀里夫も仕事だとしたら……。
 望月夫人は浮気とAVで男優に抱かれることを同列にしていたが、私にはそれは同じには思えない。それでいて、夫人は夫以外の男とも本気で愛して抱かれると語っていた。AVで愛は必要ないだろう。
 それともどんな相手でも、たとえ仕事としても、セックスという行為の間はある種の愛に包まれていると考えるのだろうか……。
 あれは愛じゃない、好きでやったわけじゃない、としたほうが筋が通る気もするのだが。そっちがごまかしで、セックスのたびに、相手は誰であっても愛が存在していると考えたほうがいいのだろうか。
 望月夫人の考えは、愛がどこまでも膨張していって終始がつかなくなりそうだ。
 ポリアモリーとは、愛を膨張させていくことではないか。
 ポリエチレンは、エチレンを重合させた高分子だ。高分子とは分子が大きい物質。ポリマーはモノマーが重合した化合物。ポリとは「たくさん」の意味……。
 そんな基礎知識ぐらいは持っていないと、私の扱っている書籍の編集はできない。似たような図版を間違えて掲載する恐れを逃れるためには、高校の物理化学程度の知識は必要だった。
 もっとも、体系的に知識を得たわけではなく、担当した書籍の内容しだいで泥縄式に継ぎ足ししているので、まったく役には立たない。著者たちはこうした知識を自分のものにして、自在に発想して実験し論文を書き、それをわかりやすく本にする。
 私はその原稿をシロウト的に読み、難しすぎる部分や明らかな間違いを指摘して、全体を整えていく。
 ポリアモリーの専門家ではないので、それが「たくさん」のアモリーだということしかわからず、早くネットで意味を知りたくなる。
 そのときふと、有名なサッカー選手が彼女を「アモーレ」と呼んで話題になったことを思い出す。4、5年も前だったろうか。イタリアのクラブチームに所属していた日本人選手だから、アモーレがふさわしいとも言えた。
 アモリーとアモーレはほぼ同じではないか。つまり、愛だろう。「たくさんの愛」に違いない。
 多情多恨。そんな四文字熟語が浮かぶ。
 愛はお互いに傷つけ合うことがある。それを癒すのも愛だ。いい愛と悪い愛があるとしたら、生きていく上では慎重にいい愛を選んでいかなければ。
 だとすると「たくさん」は危ない。人間はそんなにマルチに動けない。気持ちがついていけない。必ず疎かになってしまう。
 源氏物語を引き合いに出すまでもない。愛する人が、別の人に愛のエネルギーを注ぎはじめたとき、それを冷静に受け止められる人は少ないはずだ。
 紀里夫が私と3年ほど同棲しておきながら、芳純を選んだことを、了承できるわけがない。紀里夫の愛のエネルギーは、もう私には向けられないのか。
 脳内の細胞のように、私は彼の愛を受け取る受容体をたくさん作ってしまった。ほかの愛を受け入れる余地はいまはない。
 紀里夫に私へのエネルギーがあったとして、これだけたくさんの受容体を満たしてくれるほど、私に向けてくれるだろうか?
 そもそも、これだけのショックを受けておいて、私の中にある紀里夫の愛の受容体は、いまも機能するのだろうか?



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1970年代からのSM小説を読み、書き。「仲ゆうじ」などのペンネームで「SMセレクト」などに小説を書かせていただいておりました。
未発表作、新作などを随時、お読みいただきたいと思っています。
2019年「あんぷらぐど」表記から「ど」を取って「あんぷらぐ」へ改名。

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